人は誰でも善を持ち得ていますが、それは他人から見えない隠れた真実? では、心を解放してみましょう...何が見えるかな?

2019年10月31日木曜日

神様貯金

神様貯金というフレーズが存在しております...
善意を施せば神様銀行の貯金となりいつの日か変換される...
幸せな未来が待っている...それも含まれる...
良い言葉であり...私なりに意味合いを理解し、ある時期より...
生きる目的として大事にしている人のあるべき行為です...
ただ、わずかな疑問が....ふと脳裏をかすめます



なぜ、貯金なのか?
いつか変換される...?
善意の行為なら...貯金 預金..は不要な言葉...
善意の行為を自身以外の方へ与えること
慈善活動とも言えます
そして、その行為は対価としての報酬を求めない...
それが基本理念...
全ての人へ...愛を与える...

あなたは誰もが平等に有する権利..時間を他人のために無償で提供できますか?
言葉足らず,,体も付け加えてください
お仕事であるなら時間というあなたの権利を報酬に変える,,,
人は誰でもお金を稼がなくちゃならない義務を課せられている...
それは生活のため...

だけど神様貯金は、権利を無償の善意へと変換するため...報酬はありません
報酬ないけど善意の行動は...神様貯金として蓄えられいつか変換されるから...
行動ができないという人は寄付という好意が善意の積み立てと理解しましょう

さて、お話を変えましょう
神様貯金 預金でもですが?
なぜ、見返りを願うのでしょうか?
善意の行為を施す...耳障りは良いでしょう..
でも、善意とは奉仕でしょう
見返りを願う時点で...それは善意ではない...
何かしらの期待あっての投資....
神様貯金...いい呼称ですが...神への奉仕...でもよいのでは?
見返りなど求めない...

学校に寄付した 施設に寄付した
子供が成長したら社会のために頑張ってほしい..
もっともな理由でしょう
でも、期待するという言葉がある以上...
見返り求めていますね
真の善意なら人に行為の理由を公言しない
心に留め置く…
役立ててくれ...その一言だけで終わり...
それが真の奉仕なのでは....?

あなたへの意見ではありません

善意の行為に打算があっても...
それで救われる方がおられるから....
路は違えど終着点は同じ....異論はありません

私の心の在り方...それだけを意味しています

いつの日か変換されるであろう...善意の預金など不要..
何ら見返りを求めない...を理念に切り替えております
判断はあなたの心に委ねます....

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